半世紀も前に書かれた有吉佐和子さんの小説「青い壺」が、累計70万部を超えるベストセラーになっている。書店から姿を消していたが、2011年に復刊されてから10年以上を経て、増刷を続けている。
話題のきっかけとなったのは小説家・原田ひ香さんの「こんな小説を書くのが私の夢です」という文庫帯のコメントだった。その後、NHK「おはよう日本」で特集が放送されると、全国の書店で完売が続出するなど、大きな話題となった。
無名の陶芸家が生み出した美しい青磁の壺をめぐる13の連作短編集である。シングルマザーの苦悩、すれ違う夫婦、人間の奥深くに巣食うドロドロした心理を小気味よく、鮮やかに描き出す絶品の13話がどれも魅力的だ。
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青い壺 有吉佐和子著
原田さんは文庫の帯で次のように語っている。「有吉佐和子作品との出会いは、中学生の頃。『悪女について』を読み、あまりの面白さに虜になりました。次に見つけたのが『青い壺』です。悪女の代わりに青い壺が人に近づき、人生に変化をもたらします。陶芸家、定年後の夫婦、道ならぬ恋を匂わせる男女、相続争いする人々・・・さまざまな人の間を壺はめぐ理、さらには遠いスペインまで行きます。各話ごとに工夫が凝らされ、すべての人物の心理と生活に説得力がある。こんな小説を書くのが私の夢です」
第一話は、陶芸家の省造が、その日に窯出しをした一つが思いもかけず出色のできばえに仕上がった。省造は30年青磁を焼いてきたが、これほど美しい色が出せたのは初めてだと感じ入り、惚れ惚れとする。
その青い壺は省造の不在中に妻が勝手にデパートの美術担当者に売り渡してしまった。 第二話は定年後、家でぼんやりする夫の寅三を持てあました妻は、世話になった副社長へのお礼にデパートで青い壺を買い、寅三に持たせた。寅三は壺を渡し、副社長室を出ると、半年前まで勤務していた庶務課の部屋にすっと入って行った。寅三の後任は恰度入れ違いにエレベーターで専務の部屋に行ったところだった。その空席に寅三は腰をおろし、伝票の束をひき寄せると、右手で印を取り、伝票をゆっくりめくりながら判を押し始めた。十二時きっかりに寅三は立ち上がり、地下の食堂まで降り、入口で盆を持って並んだ。食後は屋上で習慣だった柔軟体操を始めた。寅三は屋上の金網に向かって、ゆるやかに両手を前に上げ、やがて頭上に伸ばし、弧を描いて両脇に下した。いつまでも、いつまでも同じ運動を続けていた。くたびれた男の悲哀やもの悲しさ、寂しさが美しい青い壺とは対照的だ。
最終の第十三話。省造は青い壺と劇的な再会を果たした。高名な美術評論家である園田を訪ねた省造は、園田がバルセロナの骨董屋で手に入れた青磁の壺を見せられる。園田は言う。「うむ。名品だよ。南栄浙江省の竜泉窯だね。十二世紀でも初頭の作品だろう。南栄官窯は貫入が多いのが特徴だが、竜泉窯には入(にゅう)がない」。省造は声も出なかった。あの壺だ、これは。どうして、あの壺がスペインまで行っていたのだろう。見れば見るほど、自分が焼いた壺に間違いがなかった。「せ、先生。この壺は、ぼ、僕が焼いたものです」。しかし、園田は省造の作品とは認めず追い返した。省造は青い壺が十余年間、割れもせず、怪我もせずに巡りあえたことを喜ぶべきだと心を落ち着かせていた。この省造の心境が青い壺をさらに美しくするようだ。
話題のきっかけとなったのは小説家・原田ひ香さんの「こんな小説を書くのが私の夢です」という文庫帯のコメントだった。その後、NHK「おはよう日本」で特集が放送されると、全国の書店で完売が続出するなど、大きな話題となった。
無名の陶芸家が生み出した美しい青磁の壺をめぐる13の連作短編集である。シングルマザーの苦悩、すれ違う夫婦、人間の奥深くに巣食うドロドロした心理を小気味よく、鮮やかに描き出す絶品の13話がどれも魅力的だ。

青い壺 有吉佐和子著
原田さんは文庫の帯で次のように語っている。「有吉佐和子作品との出会いは、中学生の頃。『悪女について』を読み、あまりの面白さに虜になりました。次に見つけたのが『青い壺』です。悪女の代わりに青い壺が人に近づき、人生に変化をもたらします。陶芸家、定年後の夫婦、道ならぬ恋を匂わせる男女、相続争いする人々・・・さまざまな人の間を壺はめぐ理、さらには遠いスペインまで行きます。各話ごとに工夫が凝らされ、すべての人物の心理と生活に説得力がある。こんな小説を書くのが私の夢です」
第一話は、陶芸家の省造が、その日に窯出しをした一つが思いもかけず出色のできばえに仕上がった。省造は30年青磁を焼いてきたが、これほど美しい色が出せたのは初めてだと感じ入り、惚れ惚れとする。
その青い壺は省造の不在中に妻が勝手にデパートの美術担当者に売り渡してしまった。 第二話は定年後、家でぼんやりする夫の寅三を持てあました妻は、世話になった副社長へのお礼にデパートで青い壺を買い、寅三に持たせた。寅三は壺を渡し、副社長室を出ると、半年前まで勤務していた庶務課の部屋にすっと入って行った。寅三の後任は恰度入れ違いにエレベーターで専務の部屋に行ったところだった。その空席に寅三は腰をおろし、伝票の束をひき寄せると、右手で印を取り、伝票をゆっくりめくりながら判を押し始めた。十二時きっかりに寅三は立ち上がり、地下の食堂まで降り、入口で盆を持って並んだ。食後は屋上で習慣だった柔軟体操を始めた。寅三は屋上の金網に向かって、ゆるやかに両手を前に上げ、やがて頭上に伸ばし、弧を描いて両脇に下した。いつまでも、いつまでも同じ運動を続けていた。くたびれた男の悲哀やもの悲しさ、寂しさが美しい青い壺とは対照的だ。
最終の第十三話。省造は青い壺と劇的な再会を果たした。高名な美術評論家である園田を訪ねた省造は、園田がバルセロナの骨董屋で手に入れた青磁の壺を見せられる。園田は言う。「うむ。名品だよ。南栄浙江省の竜泉窯だね。十二世紀でも初頭の作品だろう。南栄官窯は貫入が多いのが特徴だが、竜泉窯には入(にゅう)がない」。省造は声も出なかった。あの壺だ、これは。どうして、あの壺がスペインまで行っていたのだろう。見れば見るほど、自分が焼いた壺に間違いがなかった。「せ、先生。この壺は、ぼ、僕が焼いたものです」。しかし、園田は省造の作品とは認めず追い返した。省造は青い壺が十余年間、割れもせず、怪我もせずに巡りあえたことを喜ぶべきだと心を落ち着かせていた。この省造の心境が青い壺をさらに美しくするようだ。